脱腸亭日乗

この「脱腸亭日乗」は初大正六年九月十六日より翌七年の春ころまで折ゝ鉛筆もて手帳にかき捨て置きしものなりしがやがてニ、三月のころより改めて日日欠くことなく筆とらむと思定めし時前年の記を第一巻となしこの罫帋本に写植せしなり以後年と共に巻の数もかさなりて今茲平成十三年の秋には十七巻となりぬ
   かぞへ見る この唄までも 荷風の真似

                      廿有一歳 国産/松書
4月5日 復活の歌

長らくの更新停滞ご無沙汰であった。春の目覚めとともにこの脱腸亭日乗もまた復活の歌を謳歌しよう。

人生は様々である。
この3月末をもって沢山の同期生達が大学を去り、或いは、幾許かは未だに学生を続け、しかしながら大多数は昨年のうちに卒業を済ませていたりする中、拙者の身の内はいかように流転したか。
春の訪れとともに様々な変化を迎え入れる我々の年代にあって、しかしながらわが身のみは19歳の春と同じ轍を辿りつづけていた。同じ下宿に寝起きし、同じ酒を飲み、同じ場所へと通う……、最早形式美といってもよいその鋳型の中で、拙者は依然形成されずにそのなかに在るのだ。鉄は未だ結晶に至らず液相の中でたゆたい、轍はまた路上の赤土に鮮やかに刻み込まれている。成長の遅い拙者は形成過程なのだ、社会へは出られない。
流れ出る液体金属は大学院という名に器を少しだけかえて、やがて来るべき固化へと向けてその身を静かに冷やしつづけるのだ。

或いはウエイターの仕事を続けているのも、また、わが身にあって流転しない、いまだ抜けきれない事象なのか。
レストランには様々な客があらわれ、そして水が三態を経て循環するように、いれかわりたちかわる。拙者は見たのだ、その中にまた、人生の多様性を見出す一つの事実を。
店にきたる紳士は唇の上に蓄髭せる、不惑は遥かに過ぎた天命をも知る人。だが拙者は悟ってしまったのだ。
彼のその口ひげが、マジックによって書き込まれたそれであることを。

人生は様々である。

新たに4月5日の日乗を掲載した。

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